ウェブマガジン CM Funコラム

女性たちに、憶えてほしい言葉。それが「ダブルスタンダード」。

岡田直也

男のホンネを探っていくと、そこには必ず「ダブルスタンダード」が・・・。
この事実に、多くの女性はなかなか気づけないようです。

昨今は、女性の立場を尊重し、応援することが、もてはやされていますね。
CMの世界でも、その手のものが最近ふえてきた気がします。
現実に、そういう社会になってきたのだし、
ぼく自身だって、女性中心発想のたいせつさを、
いろんなところで、ことあるごとに語ってはいます。

でも、逆の見方をすれば、そういう風潮って、
男発想のほんとうのところが、棚上げされてる、とも言える。
ま、男って、ホンネの部分はなるべく隠そうとする生き物なので、
それでいいといえば、いいんだけれど。
そんな中、CMの世界でも、男のホンネに迫るものが、すっかり減った。
それははっきり言える、でしょうね。


冒頭、「ダブルスタンダード」なるコトバを掲げました。
これについて、わかりやすく解説しましょう。

男って、恋愛の対象としては、自分にとって都合のいい、
はっきり言えば「ヤラせてくれる女」が好ましいと思う。
ところが結婚相手となると一転、処女性を求める。
この傾向、今の若いひとにも顕著なようなんです。
(詳しくは、三浦俊彦「下半身の論理学」青土社 2014 参照)
つまり、男のアタマの中では、恋愛と結婚は、非連続。
それが、「ダブルスタンダード」です。
(交際相手を選ぶときにも、「彼女にしたいタイプ」だけではなく、
「体の関係を持ちたいタイプ」という基準もあります。知ってました?)

そこで、処女性、とまではいかなくとも、
結婚、とくに新婚時代への男の妄想に火をつける、
ウブでカワイイ女房像といえば、やはりこのCMシリーズに尽きます。

金麦『はじめの一杯』篇 15秒 檀れい サントリー CM (詳細)

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HA
面白い!
好き!
感動!
金麦『はじめの一杯』篇 15秒 檀れい サントリー CM

金麦『あいあいな食卓』篇 15秒 檀れい サントリー CM (詳細)

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HA
面白い!
好き!
感動!
最近にしては珍しく、全編、男性目線で描きつづけていますね。
そのぶんこのシリーズ、女性のウケはよろしくないんだろうな。
それは容易に、想像がつきます。
ただぼくは、このCM制作者をよく知っているので、
ああ、彼らしいなあ、男目線での女性の描き方、上手だなあ、
といった、まったく別の感慨をおぼえるのではありますが。


さて、結婚したのち、またこの「ダブルスタンダード」が登場します。
それが、「内と外」、つまり「家庭と仕事」ということですね。
男はこの2つの間を、ときに別人格をつくって往復したりする。
ただ本人は、それが自己矛盾だなんて、これっぽっちも考えない。
両方とも、まさしく「彼そのもの」なんです。
このへんのからくり、女性がいちばん理解しにくいところかもしれません。
いろんな男女間の齟齬の原因も、ここから来ていたりするのでは・・・。

そこで、こんなCMを。


【TVCM】xevoΣ「夫の本音」篇



ささいなネタなんだけれど、ぼくは見事なリアリズム、と思います。
男というものが、ここに集約されているのではないでしょうか。

それで、この主人公、ウソをついたついでに、どうするのかな?
極端なことをいえば、彼は「内」では自らのホンネを抑えつづけ、
「外」では、狭っくるしいワンルームに住む女性のもとへ、
足しげく通うようになるかもしれない。
うん、そうなったとしても、なんらフシギではない。
でも彼は、家庭を壊すことなんかせず、上手に両立させていくんだろうな・・・。
ぼくは、そんな妄想に、かられてしまいました。

あ、断っておきますが、竹野内豊さんがそうだ、ってことではありません。
男性一般論として、の話ですから。
ちなみに彼とは、ダイドードリンコの仕事で、ロケも一緒しましたが、
意外にお茶目なひとでした。お茶の間の好感度、そのままです。


・・・そう、ダブルスタンダード。
こんな、女性を応援する機運が高まりつつある時代だからこそ、
逆に世の女性たちは、男の本性を知っておくべき、なんでしょう。
そうしないと、なんか不自然な、偏った世の中になってしまう。

CMの世界でも、どんどん男のホンネを暴いてくれればいい。
いまは、みんなが遠慮している。そんな気がしてなりません。

もっとも、ぜんぶ赤裸々に暴いちゃったら、
わー、みんな放送禁止になったりして・・・なるよなあ。

(執筆者: CM Fun編集長 岡田直也)

執筆者:

岡田直也

CMは、世の中の動きとまさに連動しています。イケイケの時は 勢いがいいし、沈滞してるときはどこか内省的になったりする。 そういう意味でCM観察とは、立派な社会学・考現学といえます。 それとは対極の「神はディテールに宿り給う」。これもまた事実。 些細な演出の妙など、作り手の意志が際立つ場合も、あるのです。 そう、CMの観かたは、大所高所から重箱の隅にいたるまで無限。 ぼくらがそれを、いろんな角度から提示できれば、と思ってます。

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