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「雨」は、
絶妙な心理装置である!

岡田直也

ことしも梅雨のシーズンが、やってきましたね。

そこでいきなり、考察をはじめようか。

この「雨」というもの、CMもふくめた映像の世界ではしばしば、内省を促すための装置、

あるいは「キュー出し」として機能することがあるんじゃないかなあ、なんて思うんだけど、どうだろう?



つまり、たんなる天候の変化をあらわしている、というより、

さあ、これから登場人物の心理描写が、はじまりますよ、

みなさん、たっぷり感情移入してくださいね、

みたいなことの合図の役をになうことが多い。そんな気がしてなりません。

そんな流れで、まず紹介したいのが、こんなCM。

「~ 雨の日の秘密 篇~」 東宝スタジオ ゴジラ壁画のショートムービー (詳細)

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    • ゴジラ壁画のショートムービー
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ふだんなら、マグマのなかを通って地上に現れ、しかも火を吐く「ゴジラ」が、

雨というシチュエーションのなかで、クールダウンされ、

土地の守り神のような存在へと変貌している。

だからこそ、彼女のこころは、水分という良導体をなかだちとして、

ゴジラにちゃんと届けることができる、のですね。

雨は、こころを伴って降ってくる。そのいい例だと思います。

ちなみにこのゴジラ壁画、成城の台地を多摩川のほうに下りたところにあって、

界隈は、わが家の買い物スポットのひとつ。

いっしょに並んで写真が撮れるゴジラ像も、近くにあります。

さてこの、「雨」=「内省的」という図式、ポピュラー音楽に例を求めれば、

とてもわかりやすいかも、知れません。

雨を歌った曲には、うんと内向きな思考になったり、

ときには自虐さえ伴うものが、けっこう多かったりするんですね。

たとえば有名な「雨にぬれても」(B.J.トーマス)とか、

「雨の日と月曜日は」(カーペンターズ)あたりは、すぐ思いつくな。

「雨を見たかい」(CCR)も、反戦歌としての側面もあるけれど、

歌詞を素直に読めば、なにやら象徴的な人生訓、みたいです。

ただね、洋の東西を問わず、にんげんの心のメカニズムには、

雨=内省的という図式を克服し、ポジに転換してゆく力が備わっている。

そんな思いにも、駆られるのです。

たとえば本邦。もちろん、演歌などの世界では、

雨を内向きの象徴として扱う曲が、多いことは多い。

でも、矢代亜紀の有名な「雨の慕情」。

これは明らかに、サビの部分で、内省を克服しようとしています。

さらに、ユーミンの「12月の雨」なんかも、そうですね。

このユーミンという人、「雨」をとてもステキな装置として使うことに、

ものすごく長けているなあ、とぼくは見ています。

「ベルベット・イースター」「グッドラック・アンド・グッドバイ」・・・。

初期のころの作品に、雨の秀作が多いんですね。

また、洋楽でも、たとえば“We are all alone”(Boz Scaggs)、

“Laughter in the rain”(Neil Sedaka)などの名曲は、

雨を、自分の都合のいいように、味方につけちゃってます。

あの「雨に唄えば」(ジーン・ケリー)みたいなのも、あるしね。

さてさて、ふたたびCMに戻って、こんな作品を。

NTTドコモ"dヒッツ 6月雨の日に聴きたい歌"CMソング「Try Again」 - GILLE (詳細)

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HA
面白い!
好き!
感動!
雨の特性である「内省的」を、超えろ!

この文脈にピッタリなCM、見つけたぞ!ということで・・・。

執筆者:

岡田直也

CMは、世の中の動きとまさに連動しています。イケイケの時は 勢いがいいし、沈滞してるときはどこか内省的になったりする。 そういう意味でCM観察とは、立派な社会学・考現学といえます。 それとは対極の「神はディテールに宿り給う」。これもまた事実。 些細な演出の妙など、作り手の意志が際立つ場合も、あるのです。 そう、CMの観かたは、大所高所から重箱の隅にいたるまで無限。 ぼくらがそれを、いろんな角度から提示できれば、と思ってます。

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