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平野ノラは、きっと知らない。
バブル時代のキャッチフレーズ。

岡田直也

バブル時代が、話題になっていますね。
ちょっとしたブーム、と言っていいかも知れない。
若い世代にとっては興味津々、
古い世代にとっては、郷愁にちかい懐かしさをおぼえる、
その、「バブル」というものを、
広告のキャッチフレーズの面から、
じっくり振り返ってみようと思うのです。

OKバブリー! お立ち台MIX #平野ノラ #実はCDデビューしてた #誰も知らねー #ROCETMANプロデュース

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(平野ノラさんのバブル期ネタが人気)

こういうとき、「コピー年鑑」「TCC広告年鑑」の右に出るものはない。
その年どしの、すぐれた広告を知る貴重な資料です。
わが事務所には、’80年から直近までを取りそろえているので、
そのうち、‘88年~’93年をつぶさに調べて、
ここに引用していこうと思います。

まず、バブルの匂いが比較的濃いものから。

1. ほしいものが、ほしいわ。(‘88 西武百貨店)
「飽食の時代」といわれたバブル期ならではの、一行です。
百貨店が消費をつくりだせ、ってことですね。いい時代でした。

2.芸術は、買うものではなく、見るものです。(’88 リクルート チョイス大賞展)
美術品が投機などの対象になっていた。
そんなことを、この一行がほうふつとさせてくれますね。

3.世界品質。(‘89 全日空)
国際線のライセンスが下り、全日空が「いけいけ」状態になった。
いかにもバブリーですね。ちなみにこの一行、作者はぼくです。

4.ポスト・フダン。(’90 西武百貨店池袋店)
もちろん、「ポストモダン」のもじりですが、内容は、
ひとつ上の暮らしへの提案でした。これも、ぼくです。

5.24時間戦えますか。(90 三共リゲイン)
これはもう、かなり有名な一本ですね。
あとでゆっくり、ふれてみたいと思います。

ここからの2本は、もっともロコツなバブリー、です。

6.永谷園は、土地よりも、株よりも、人に賭けます。
            (‘92 永谷園<食の起業家&プラン>募集)
これ、すごいでしょう?
こんなストレートな広告が、あったんですね。

7.お客様は札束じゃない。人間に見えます。(’93 共和証券)
これはもっと、上いってるかも知れない。
いまこんなこと言ったら、どうなるだろうね・・・。

それから、バブル期の世相を反映した、というか、
リッチでおしゃれなものも、紹介しておきます。

8.胸は 花金ブラ 月金ブラ 土日ブラ 気分です。(‘88 ワコール)
‘88年に発売されたヒット商品。
バブル時代の雰囲気にも、よくフィットしていたようです。

9.ワンフィンガーで飲るもよし。
  ツウフィンガーで飲るもよし。
(‘88 サントリーオールド)
若い人のために解説しておくと、
ワンフィンガーとは、ウイスキーの量がグラスに指幅一本分、
ツウフィンガーはその倍、ということです。
ウイスキー文化がちゃんと定着していることを前提にしなければ、
このコピーは受け入れられなかったでしょう。

10.変わリッチ。(’91 伊勢丹)
変身願望と上昇志向。

その正体は、バブリーな時代精神にある、と見ました。
ところが、これらと対極をなすように、
時代へのカウンター・メッセージを放ったキャッチフレーズが
とても多いことに、気づかされたのです。

では、どんなものがあるのか、見ていきます。

11.六本木は、夜更かしのしすぎです。
   銀座は、お酒の飲みすぎだなあ。
等(’88 カナダ政府観光局)
バブルへのアンチテーゼ、のように見えますね。
そう、こういうタイプのもの、いろいろ見うけられます。

12.今夜は ウチメシワイン の日。
外で浮かれてないで、家に帰ろうよ、ということですね。
これもまた、時代へのカウンターです。

13.人間は、全員疲れているのだ、と仮定する。(‘89 TOTO)
24時間戦ってるバブル時代だからこそ、効く一行です。
そんなにバタバタするなよ、と言っていますね。

14.この夏ニューヨークへ行かない方は、
   鬼怒川でお過ごしください。
(‘91 鬼怒川プラザホテル)
うん、かなり時代を斜に見てますね。

ここまで来ると、もう皮肉と取るべきでしょう。

15.日本を休もう。(‘91 JR東海)
働きすぎ、遊びすぎってどうなのよ? というスタンス。
まあ、商売っ気は多少、見えますけど。

16.足りないものは何ですか。(’92 西武百貨店)
「飽食の時代」への、アイロニカルなメッセージにしたかった。
ぼくの作品のなかでも、かなり気にいってる一行です。

17.その先の日本へ。(‘93 JR東日本)
これは、東北新幹線開業時の広告。

バブルなんてどこ吹く風、という顔つきをしています。

・・・どうでした? カウンターって、つよいでしょう?

さて、バブルのさなかにあって、なぜこういうコピーが出てくるのか。
これはおそらく、広告じたいのもつジャーナリスティックな一面ではないか、
とぼくは思うのです。
時代に迎合するのではなく、世のなかヘンだと思ったら、警鐘を鳴らす。
「ほんとうにそれでいいのか? ちょっと考えてみよう」と促す。
それが、広告の社会的な役割でもある、と考えるのです。

げんに、バブルだからといって、いたずらに投機を誘ったり、
お立ち台で扇子ふりまわしたり、みたいな広告なんて、
コピー年鑑にはいっさい、見当たらなかった。
現実にあったとしても、少なくとも今には残っていません。

そういう眼で、あらためて見直してみると、
例の「24時間戦えますか」も、パロディ、もっといえば皮肉に見えます。
よくこの一行がバブル時代を象徴している、なんて言いますが、
それはあまり広告のことを知らない人が、
表面的な、浅い理解で語っているだけであって、
その本質は、「冷めたまなざし」に相違ない、とぼくは思う。
そういう意味でしか、バブルを背負えることができないのでは、
と思いますね。この一行は。

ぼくらコピーライターはつねに、「で、どうなのよ」を考えます。
世のなかにギモンをつねに投げかけて、
「ほんとは、こっちなんじゃないの?」でコピーをつくっていく。
そういう人種、なんです。
なので、かのリゲインの広告も、
ジャパニーズ・ビジネスマンを礼賛したかったとは、とても思えないのです。

いやむしろ、11~17に挙げたものこそが、
バブル期を代表するコピーたちなのではないか。


ところで、ぼくは30代で、バブルを実際に経験しています。
仕事も忙しかったけど、とにかくよく遊んだな、というのが実感。
夜中まで残業して、「よし、飲みに行くぞ」で六本木くんだりへ。
ところが、2時3時になって帰ろうにも、タクシーがつかまらない。
しかたなく朝まで飲んで、やっとタクシーに乗りこむ。
翌朝(翌、じゃないけど)はまったく使いものにならず、
よろよろと午後出社、でも夕方には息を吹き返す、
という毎日でした。

あのころ、六本木でも西麻布でも、名のあるバーでは、
1ショット5,000円は下らなかった、と記憶します。
それほどに、金遣いは荒かったと思う。
残業だって、つけ放題だったんで、月収も多かったしね。

まあたしかに、体力勝負で、仕事も遊びも全力、というところはあった。
そういうことすべてが、「24時間戦えますか」なんだと、
当時のぼくは理解していたわけで。
今は昔の話、ですけどね。

さてちなみに、
バブル崩壊が現実味を帯びてきた‘93年には、
こんなキャッチフレーズも登場しています。

18.ヴィヴィオはバブル後に売れた。(富士重工)

19.資源を大切に。そして小銭も大切に。
   物価上昇率第1位は、なんと教育費だった。
   普通預金にお金を貯めすぎるのは、損ですよ。
等(さくら銀行)

20.証券マンを辞めないでください。(共和証券リクルート広告)

とくに20.は、おそらく山一や三洋(ともに’97年に廃業・破綻)など、
大手からの人材引き抜きを狙ったものだと思われます。

なんか、宴の後、の感じ満載ですよね。
こんなふうに、バブルは終わってしまったのですね。

・・・いろいろ調べてみて、やはりたどり着いたのは、
「時代に迎合しない、広告のつよさ、したたかさ。」

いつの時代にも、こうであって欲しいものですね。

追記:バブル後のキャッチコピーについての記事を追加しました。

執筆者:岡田直也
CMは、世の中の動きとまさに連動しています。イケイケの時は
勢いがいいし、沈滞してるときはどこか内省的になったりする。
そういう意味でCM観察とは、立派な社会学・考現学といえます。
それとは対極の「神はディテールに宿り給う」。これもまた事実。
些細な演出の妙など、作り手の意志が際立つ場合も、あるのです。
そう、CMの観かたは、大所高所から重箱の隅にいたるまで無限。
ぼくらがそれを、いろんな角度から提示できれば、と思ってます。

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