Room708
名づけて「直也の部屋」。 編集長が、プロフェッショナルな立場から、広告を語り尽くします。

「日本舞踊」のこと 2

2018/03/29

さて、そこで。


この日本舞踊というものを、若い人に見てもらう、

あるいは積極的に入門者をふやす、というのは、

かなりハードルが高いことのように思うんですね。

多くの若者が、日本的な所作を身につけることなく育っているだろうし、

日本舞踊じたいも、盆踊りくらいしか縁がないだろうし。

まして、洋舞=いわゆるダンスであれば、いまは学校教育にも取り入れられ、

部活同然の扱いを受けているわけで、これと並ぼうなんてのは、もうムリ。


もし若い人との接点をつくるなら、「日本の身体感覚」をはっきり標榜しながら、

それこそ茶道や礼法もいっしょにして、

総合的に学校教育でカリキュラムを組むしかない、と思うのです。

ことさら「武道」にこだわるより、

もっといえば、ヘンな道徳教育より、そっちのほうがずっといい、って感じ、しません?



さらに言えば、このイベントじたいも、もっと工夫の余地はあるか、と。


やっぱり、身内の発表会どまり、という印象はぬぐえません。

なにかトータルなテーマを設けるとか、

MCを入れ、せめて出演者を紹介するとか、しゃべりでもうすこし盛り上げるとか、

「お楽しみコーナー」ではないけれど、トークショーをやるとか、

あるいは子どもたちを舞台に上げて、踊りを体験させるとか、

とにかくもうすこし「演出」を考えたほうがよさそうですね。


なにか目玉の企画があれば、報道関係者も来てくれる。

そうすれば、すこしは日本舞踊も「社会化」する。

そういう工夫がいま求められてる、と思うけどね。


それから、音楽。

ひとつには、やっぱり生演奏がほしい。

だって、日本舞踊は「踊り」だけじゃない。音もライブでなきゃ。

唯一、舞台の袖で柝(き)を打っていたけれど、

それだけでもじゅうぶん迫力があったからね。


さらに音楽でいえば、和楽器をつかった創作・新曲がもっともっとほしい。

古典の常磐津や清元だけでは、ちょっと引っ張れないんじゃないかなあ。


・・・ということで、

いまのやりかたを続けていくと、だんだんシュリンクしてしまう・・・。

ほんとに、そう思いますよ。なんとかしないとね。

小劇場といえど国立劇場を借りているだけに、もったいないし・・・。

「日本舞踊」のこと 1

2018/03/28

先日、国立劇場に行ってきました。日本舞踊協会の公演を観るためです。

いや、縁あって、チケットもらったもので。

中高の同級生が、娘が出演するからといって、くれたんです。

それで、「日本舞踊というものを、いちど見てほしい」

「内輪だけのイベントになっているので、なにか意見がほしい」とも。

おう、もしかしたらなにか仕事のきっかけが作れるかもしれないと

(若干のスケベ心とともに)、おっとり刀で出かけたのでした。


  (日劇「春のをどり」みたいな、集団での舞踊を想像していたんだけど、

   ぜんぜん違いました。ほとんど「ピン芸」でしたね)


まず気がついたのは、日本舞踊って、日本人特有の所作の集合体なんだな、ということ。

折しも、大相撲春場所が開催中で、家にいれば、ついTV見ちゃうんだけど、

けっきょく、すり足で腰の位置を低く安定させて、という動きは、

相撲に通じるものがあるなあ、と感じました。


さらに、野球でいうところの「割れ」、つまり、上半身と下半身が逆の動きをするところが、

おおきな特徴になっているんだなあ、とも思ったんです。

いわゆる「姿(しな)」も「見得(みえ)も、そういった「ひねり」のうち、ですよね。

首だけが動きのベクトルを逆にしている。

そういう日本的な所作、日本人の身体感覚のあらわれが凝縮されたものが日本舞踊、

ということになるんじゃないかなあ。今さらながら、膝を打ちましたね。



おっと、感心ばかりしているわけにはいかない。

気になることも、とうぜんありました。

それは、上述したように、これがわれわれの身体感覚の基本、ということなら、

とうぜん、歌舞伎や能といった、他の芸能領域とカブってくるわけですが、

そのへんの差異が、ちょっとアイマイになってやしないかなあ。

もちろん、舞踊がすべての原点、といってしまえばそれまでなんだけど、

なんか、総花的にすぎるなあ、という印象をもちました。


「日本舞踊」というより、「日本の伝統的な所作・型」という感じかな。

パントマイムの要素がかなり入っていることも手伝ってか、

「日本舞踊」というものの輪郭が、すこしぼやけて見えたんですね。


                      (つづく)

岡田塾のこと。

2018/03/16

岡田塾のはなし、ちょっとしておこうか。


4月から新たに、金沢が加わります。

宣伝会議の講座のあと、わっと盛り上がって、もう即決してしまいました。

すでに事務局も決まり、メンバーもだいたい見えてきたようで。

プレ課題なるものも出してあります。

(札幌塾のどアタマ同様、自己紹介シートです)


また大阪塾は、いままでのたまり場だった、ぼくの事務所のかわりに、

扇町にあるフリースペース「TAM大阪」を、

当面のあいだ、ホームとして使わせていただくことに。

(TAMさんのご厚意です。ほんとうにありがとう!)

そしてふた月に一度、ぼくがそこへ出張講義に行く、ということにしました。


それから札幌塾は、もっと実践的な、実現可能な課題へとレベルを上げて、

「こちらから仕掛けていく」塾にしたい、と思っています。

こちらも、4月にリニュアルすべく、いま策を練っています。

やはり、年に2回くらいは出張講義に行きたいなあ、と。



ということになってくると、

岡田塾はもう、立派なぼくの仕事(=to do)なんですね。そう思います。

ギャラをもらう、もらわないはまったく関係ない。

ほんとうにやりたかったことなんだから、そしてやり甲斐のあることなんだから、

自分のライフワークとして、中心にもってきても、いいんじゃないか。

ほんとうに、そんな気がしてきました。


考えてみれば、エンジン01だって、ボランティアです。

でも、ここにも書いたとおり、参加すれば、ほんとうに楽しい。

最近では、ぼくの「居場所」のひとつになっていますから。

甲南女子大での5年間の講師活動も、ギャラとしてはまったく見合いませんでしたが、

(もちろんノーギャラではありませんが、それをはるかに超える仕事をしたつもりです)

確実に、ぼくのキャリアの一部となりましたし。



そう、もう還暦も過ぎたんだし、なに考えて、なにやってもいいはず。

ここはひとつ、逆転の発想で、

「ボランティア活動は、ぼくのメインの仕事である。

 そしてそれをつづけるために、ほかからの稼ぎがあるのだ。」

と、仕事の定義を変えちゃってもいいんじゃないか、みたいなことまで、

最近は、考えるようになりました。



まあともかく、ひとと同じ方は向かないタチなので、

オリジナルなやり方、もっといえば生き方で、

六十路を突っ走りたいものです。

そして岡田塾が、そんなぼくの推進力になっていれば、いいなあ・・・。

岡田直也
1955年東京生まれ、札幌育ち。
現在の本拠は大阪・南堀江。
東京・大阪・札幌各コピーライター
ズクラブ会員、エンジン01文化戦略
会議会員、甲南女子大学講師。
各地に私塾を開催、若手の育成にも
力を注ぐ。また年に一度のライブに
命を燃やすミュージシャンでもある。