Room708
名づけて「直也の部屋」。 編集長が、プロフェッショナルな立場から、広告を語り尽くします。

水戸に、行ってきました! 1

2017/02/22

行ってきましたよ、17日~19日と、水戸に。


それにしても、水戸というのは、

2代藩主・光圀(義公)と、9代藩主・斉昭(烈公)の町、

そしてやっぱり、納豆と梅の町なんだなあ、と、

あらためて知らされた気がしています。


徳川御三家のひとつでありながら、幕末には尊王攘夷を唱え、

桜田門外の変を起こし、安政の大獄で葬られ、

はては天狗党をめぐる内乱・・・と、苦難の過去を背負った町。

水戸学の研鑽の成果により、維新とその後の「国体」を準備したにもかかわらず、

明治以降は、どこか忘れられてしまった感が否めない、そんな町。


これは、まったくぼくの決めつけ、だとは思うのだけれど、

「水戸っぽ」(水戸人の頑固さなどをあらわすコトバ)の質実剛健さと粘り強さは、

全国に名を馳せる「わらづと納豆」に進化したのではないか。

あたかも、ティラノサウルスが小鳥にまでたどりついたように。

(ちょっと例えがヘンだけど。でも「鳥」は、恐竜の末裔だからね)

納豆というやつは、水戸藩士と水戸学の「かたみ」なんですよ、きっと。


それから、激動の歴史をしずかに鎮魂する装置として、

これまた有名な梅の名所・偕楽園は機能しているのではないか、とも思います。


なんか、うまい具合に土地の神様が、ここを象徴するものを編みだしてしまった。

どうも、そんな気がしてなりません。



いずれにせよ、ここは今でも、義公と烈公の町。

 (まだあります。安政の大地震に江戸の藩邸で遭遇し、母親を救うために

  みずからが犠牲となった、水戸学者・藤田東湖。

  この人も、神として祀られていますね)

当地にとっての偉大な先達を、水戸の人びとは顕彰しつづける義務がある、

と言ったら、すこし断定的すぎるかも知れないけれど、

かの偉人たちとともに生きつづける町、それが水戸の宿命であることは、

どうも確かなようです。


日曜日、ホテルから駅までをゆっくりと散策しつつ、

そんな感慨にひたっておりました。


だから、梅まつり開催中の日曜なのに、

シャッターが下りてる店が多くたって、

気にしなくて、いいんですよ(ごめんなさい。正直な感想でした)・・・。


                       (つづく)

岡田直也
1955年東京生まれ、札幌育ち。
現在の本拠は大阪・南堀江。
東京・大阪・札幌各コピーライター
ズクラブ会員、エンジン01文化戦略
会議会員、甲南女子大学講師。
各地に私塾を開催、若手の育成にも
力を注ぐ。また年に一度のライブに
命を燃やすミュージシャンでもある。