Room708
名づけて「直也の部屋」。 編集長が、プロフェッショナルな立場から、広告を語り尽くします。

水戸に、行ってきました! 2

2017/02/25

さて、エンジン01水戸のオープニングシンポジウムで、

なかなか興味深い話が出てきました。


ひとつは、御三家でありながら勤王派、というのは、

じつは徳川家康の緻密な計略だったのではないか、

(光圀公が「天下の副将軍」と呼ばれたのには、ワケがあるんです)

そして江戸からさほど遠くない水戸に封じられたのも、

家康が、幕末維新までをすでに見通していたからではないか、という話。


もうひとつは、彦根の井伊家と、お互いの墓所を訪れあって、

「和解」したのは、つい最近のこと、という話。


どちらも、日本という国を象徴するような逸話だなあ、と思うのです。


いまの体制の大元は、極言すれば、水戸学がつくりあげたもの。

明治維新で途切れたのではなく、ちゃんと連続性をもったもの。

そして、幕末維新の動乱は、いまのいまに至るまで、

有形無形の影響力をもっている。つまりは、そういうことですね。


ぼくがエンジン会員としてはじめて参加した「長岡」も、

戊辰戦争で痛い目にあった。それはあらためて言うまでもありません。

そういうところが、全国各地にある。

それに対し、いまの世の中はあい変わらず「薩長土肥」体制なのかもな、と

思ってしまうこともあります。


でも、さまざまな外圧があって、緊急を要したにもかかわらず、この国は、

封建体制から、天皇中心の近代国家へと大きく舵を切る、という離れ業をやってのけた。

それはひとえに、「水戸学」があったから、なのですね。

佐幕派・倒幕派双方の理論的礎になっていた、というから、何なんでしょうねえ。

さらに、その膨大な知の蓄積がなかったら、

たとえば天皇家のどんな行事も、いまに伝わっていなかったと聞きます。


すごいね、水戸。


でも、さいごにひと言いわせてもらうとすれば、

水戸ってところは、ホントに外への発信がヘタなんだなあ、と思います。

たとえば、いま手元に「梅まつり」(2/18~3/31)のパンフレットがあるんだけど、

もうすこし、どうにかならんもんかなあ・・・。

ヘンに媚びずに、まっすぐ水戸らしさを伝えること、できると思うんだけどなあ・・・。



岡田直也
1955年東京生まれ、札幌育ち。
現在の本拠は大阪・南堀江。
東京・大阪・札幌各コピーライター
ズクラブ会員、エンジン01文化戦略
会議会員、甲南女子大学講師。
各地に私塾を開催、若手の育成にも
力を注ぐ。また年に一度のライブに
命を燃やすミュージシャンでもある。