Room708
名づけて「直也の部屋」。 編集長が、プロフェッショナルな立場から、広告を語り尽くします。

そろそろ、フォントの話をしよう。 2

2016年01月17日
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この、書体というものに関して、個人的なことをいえば、
ぼくはもともと、グラフィック畑で育ってきたので、
明朝系の思い入れたっぷりな風情に、どうしても肩入れしてしまう。。
あたたかく安定感があるたたずまいが、大好きなんですね。

でも、先進性や機能性をこめたコトバであれば、
ゴシック系を選びたくなる気持ちも、よくわかります。
感覚的に、そのほうがしっくりくることもある。

思うに、明朝系のあたたかさや安定感のあるコトバは、
求心力をもって、全体を下支えする。
それに対し、ゴシック系のコトバは、
記号的な役割をまとって、全体をグイグイ引っ張る。
そんな、コトバの質の違い、というところに行きつくのかも知れません。

そして最近は、この記号的なコトバ、主にキャッチフレーズですが、
それが全体のなかで優勢になってきた、のかも知れない。
漠然と、ですけど、そんな分析もできるのでは、と思うのです。

いちばんわかりやすい例をあげましょう。
JR東海の「そうだ、京都、行こう。」と、
JR東日本の「行くぜ、東北」を比べてみてください。

このどちらも、ぼくは大好きなのですが、
前者はオーソドックスな明朝体による「下支え」、
後者は、ターゲットが若年層ということもあって、
スピード感あふれるゴシック体による「あおり」になっています。

それぞれの書体をまとった、それぞれのキャッチフレーズが、
ふさわしい役割を果たしている。
メッセージの質の違いが、書体によく表れている、ということですね。

いや実は、このぼくとて、巷に貼られているポスターなどで、
なにも考えていない風の明朝キャッチを見ると、
「なんか、古臭いな」と感じてしまうことがあります。

ひとの好みも加わって、この書体のチョイスの基準、
きっと、ゆるやかに変化しているんじゃないかな。
そしてそれは、メッセージの質の変化と、密接に関係しているんじゃないかな。

・・・そんなことをとみに感じる、年末年始CM観察の日々、でした。

岡田直也
1955年東京生まれ、札幌育ち。
現在の本拠は大阪・南堀江。
東京・大阪・札幌各コピーライター
ズクラブ会員、エンジン01文化戦略
会議会員、甲南女子大学講師。
各地に私塾を開催、若手の育成にも
力を注ぐ。また年に一度のライブに
命を燃やすミュージシャンでもある。