Room708
名づけて「直也の部屋」。 編集長が、プロフェッショナルな立場から、広告を語り尽くします。

つづけて、ボツ企画の話をします。2

2016/02/01
撮影の準備は、順調にすすみました。
浅葉さんが、横ストライプの構成的な画面に、ダイビングする人物を。
それを川崎さんがスピードを考えながら動かす、というふうに、
芯の部分がどんどん固まっていったのです。

それで、男女のダイバーを撮るために、
筑波大学の大きな飛込プールを借り、撮影が組まれることになりました。
電車を乗り継ぎ(当時は、つくばライナーなんてありません)、
たしか常磐線の荒川沖からタクシーで、現地に向かった記憶があります。

さて、プール水面下の壁面に設置された、窓つきの部屋で、
(水族館状態、と考えてください)
撮影立ち合いをしていたところ、営業担当がとつぜん肩をたたくのでした。
かなりの真顔で、「岡田、キャッチ、コケたよ」。
ちょ、ちょっと待って!撮影はもう進んでるよ、後戻りできないよ!
これは、他のスタッフに知らせるわけにはいかない。
ぼくひとりがかぶること。瞬時にそう判断し、
あとは営業に託し、無言でその場を離れ、東京に戻ったのでした。

いや、ただ戻ったわけではなく、すぐに東京駅近くのホテルを取り、
籠ることに。とにかく代案を考えなきゃ、の一心で。
ビジュアルをそのままにというか、ビジュアルを邪魔しない一行を。
どだい無茶な話なんですけど、とにかく必死でした。

その営業の言うところによると、広告主上層部から、
「宗教はいかん!」の声が上がったらしい。
例のお墨付きがあるので問題はない、と思ってはいたものの、
当初の不安が、ドタン場で現実になってしまった、というわけです。
ダメ!と言われたら、もう説得は不可能。とにかく代案が必要でした。

ということで、一昼夜ホテルで格闘したあげく、
(当時はいろんなひとが、ホテルで企画、やってましたっけ)
出した結論が、「ピース。」の一行。
まったく納得がいってなかったのですが、
とにかくビジュアルを活かし、コピーは下に潜ろう、といった、
ディフェンシブな発想しかできなかった。

あの当時ちょうど、いわゆる「湾岸戦争」のまっただ中でした。
ウチの会社でも、たしか海外渡航禁止令が出されていた、と思うんです。
そんなご時世だったから「ピース」だと、理屈つけたんですが。
つまり、妥協の産物が、世に出ることになってしまった、のでした。

背伸びして豪華キャストを集めたにもかかわらず、
あのキャンペーンは、ぼくにとっては失敗作。
みなさんに申し訳ない、という気持ちだけが残ったこと、
昨日のように、よく憶えています・・・。

岡田直也
1955年東京生まれ、札幌育ち。
現在の本拠は大阪・南堀江。
東京・大阪・札幌各コピーライター
ズクラブ会員、エンジン01文化戦略
会議会員、甲南女子大学講師。
各地に私塾を開催、若手の育成にも
力を注ぐ。また年に一度のライブに
命を燃やすミュージシャンでもある。