Room708
名づけて「直也の部屋」。 編集長が、プロフェッショナルな立場から、広告を語り尽くします。

楽しかった撮影の話も、しなきゃ。 1

2016年02月04日
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ではここらで、「ボツ企画」をいったん離れ、
楽しかったCM撮影の話を、ひとつ披露しましょう。



これも、20年ちかく前になるのかな。
当時「東京デジタルホン」という通信事業者があったこと、憶えていますか?
あのころの携帯キャリアはといえば、
NTTのほかツーカーホン、セルラーホン、IDO・・・。
統合・再編まえの混沌期で、各社入り乱れてしのぎを削ってたもんです。
まだまだ携帯電話の啓蒙が必要な時期。
とにかく加入促進と知名度アップに、みんな必死でした。
ツーカーホンのハリソン・フォードなど、
大物もぞくぞくCMに起用されていましたっけ。



で、東京デジタルホン。
ぼくのチームは、強いキャラクターとして、
当時無敵を誇った「東京ヤクルトスワローズ」を提案。
具体的には、監督の野村さん、
それに主軸の古田さん、広沢さん、池山さん、荒井さん、川崎さん、高津さん・・・。
なんとも錚々たるメンバーに登場願ったんです。
そして、監督を営業部長、現役選手を営業部隊に配して,
いろんなストーリーをつくりあげました。
いやあ、こういう名前を挙げてみると、
当時のヤクルトがいかにすごかったか、わかります。



これは、とてもたのしい仕事でしたね。
ぼく自身、もともと野球が好きなこともあって、
選手たちといろいろ話せたのは、いや、うれしかったなあ。
とくに、宮崎県は西都のキャンプ地へと撮影&取材に行った折り、
高津さん、荒井さんと昼食をともにしたことなど、昨日のことのようですね。



さてこのキャンペーン、2年やったのかな。
そのあとまた競合になり、別のタレントを模索することとなったのです。
こういうふうに、競合のたびにタレントがころころ変わっちゃう。
CM業界では、日常茶飯事です。
でも、長い目でみると、弊害のほうが多いんじゃないかな。
これ、宿命的な課題ですね。
その点、もう何年もタレントを変えないソフトバンクは、
逆にスゴイんじゃないか、、と思うなあ。
岡田直也
1955年東京生まれ、札幌育ち。
現在の本拠は大阪・南堀江。
東京・大阪・札幌各コピーライター
ズクラブ会員、エンジン01文化戦略
会議会員、甲南女子大学講師。
各地に私塾を開催、若手の育成にも
力を注ぐ。また年に一度のライブに
命を燃やすミュージシャンでもある。