Room708
名づけて「直也の部屋」。 編集長が、プロフェッショナルな立場から、広告を語り尽くします。

では、こんな武勇伝、どうだ! 2

2016年03月02日
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よし、それなら、こういうのはどうだと、さらに一行。


  心に、じいん。


これ、いいでしょう? 「テラピー」と同じビジュアルなので、先方の要望も満たしてる。

しかも、ぼくの当初の仮説から、大きくは逸脱していない。癒しにはちがいないし。

これでなぜいけないのか、って感じだったんだけど(いま思うと、意固地だったなあ)、

それまでの流れもあってか、採用にならないわけです。


では、次の手。ぼくばかりが前面に出ずに、下についていた若手にコピーを書かせる。

そのなかから、ぼくが気に入ったものを提案してみよう、という作戦に出ました。

彼、がんばっていろいろ書きました。その中で、ぼくがいちばん気になった一行が、これ。


  21世紀の、負け。


当時はまさに、20世紀の最終段階。「ミレニアム」なる言葉も、流行ってましたっけ。

「2000年問題」なんてのも、ありましたね。ちょうどそんなご時世でした。

この一行、まさにいまの世の中の風潮に合ってるな。

みんな、21世紀がやってくる、未来へ進むんだ、なんて騒いでいるけど、

1000年以上も、こんなすごいものが存在しつづけてたんだ(法隆寺五重塔のことです)、

こっちのほうが、偉いにきまってる、って感じがして、チョイスしたんです。

カウンターメッセージとして、強いのかもしれないぞ、と思い、プレゼンしてみました。

ところが、先方にはまったく通じないんですね・・・。


わー、もう打つ手なし! 相手方がなに考えているのか、まったくわからなくなった。

そこに至って、ついにぼくはキレました。そう、下りちゃったんです。


なんと無責任な、ですよね。東京のスタッフに申し訳ないことは十分わかってたんだけど。

でも、もうやりようが、なかったんです。

ちなみに、そのときぼくといっしょに外れた東京のデザイナーが1人いました。

それが、佐野研二郎くんでした。

彼もいろんなアイデアを出し、がんばっていたんですが、もう手詰まりだったようです。



後日、関西支社のぼくのもとへ、おおきな紙函が届きました。

開けてみると、完成した「古寺をゆく」創刊のポスターが、数種類。

それを見るなり、ぼくは驚きを隠せませんでした・・・。


ビジュアルは、どこの寺ともわからぬ本堂らしき縁側(でいいのかな)に、

シニア夫婦が腰をかけ、この百科を眺めている(またそのポーズがクサいんです)

そして、「日本のこころを知る~」みたいな、キャッチにもなっていない一行が、そこに。

ああ、クライアントがやりたかったのは、こういうことだったのか!

じゃあ、しゃあねえや。オレの仕事じゃなかった!


下りてよかった、と思うとともに、とても悲しい気持ちになったもんでした・・・。


岡田直也
1955年東京生まれ、札幌育ち。
現在の本拠は大阪・南堀江。
東京・大阪・札幌各コピーライター
ズクラブ会員、エンジン01文化戦略
会議会員、甲南女子大学講師。
各地に私塾を開催、若手の育成にも
力を注ぐ。また年に一度のライブに
命を燃やすミュージシャンでもある。