Room708
名づけて「直也の部屋」。 編集長が、プロフェッショナルな立場から、広告を語り尽くします。

4月2日の記事で、ほんとうは書きたかった。

2016年04月07日
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世の中、桜が満開ですね。


しかし大阪市内には、ほんとに桜が少ないなあ。

もっとも、ウチの事務所のすぐ前には、堀江公園というのがあって、

そこだけ桜の木が集中してはいるんだけど、花見は禁止だし。

まあ、そりゃムリだな、近隣に迷惑だからね。しかたない。


さて、本題。

4月2日の本編記事に、車窓動画のこと、書きました。

(「いいね」はゼッタイ入らない、と思ってたんだけど、けっこうもらいましたね)

その続きというか、ちょっと「オタク」についてもうすこし語りたいんです。

まあ、つきあってください。


そこでいきなり、また白状します。

じつは中学生のとき一瞬、鉄オタになりかけたことがあったんです。


きっかけは、通学ルートの帰路にありました。

学校のある茗荷谷から丸ノ内線の東京駅へ、そこで山手線に乗りかえて大崎まで。

それが通学路だったんですが、ときどき、同じ方向に帰る友達といっしょに、

東京駅から品川まで、東海道線の普通電車に乗りこむ、というようなことをやっていました。


そしたらね、あのオレンジと緑の列車、東京駅を出発するとき、

ローギアでグン、とゆるく出たあと、クラッチを切るように静かに線路を数秒すべり、それからグッとアクセルを踏み込むように加速してゆく。

そんな、2段階発信をすることに、ある日気がついたわけです。

これ、けっこうクセになりましたね。

この感じを味わいたくて、どうしても東京駅8番線ホームへと向かってしまう日々。

これが、ぼくの「鉄オタ」入門レベル1でした。


レベル2は、「時刻表」です。

これにも、ハマりました。あれは読み物としても、じつによくできていますね。


各駅停車で、全国の都道府県庁所在地をひとふで書きのようにまわるルートを、友達と競って考えたりして。

沖縄はのぞくしかありません。出発地はとうぜん、長崎駅ということになります。

それから「青函連絡船」(国鉄の持ち物です)は、往復使っていいことにしました。

当時は、いまより路線数が格段に多かった。それらを駆使して旅程をつくるのですが、

たしかぼくの考えたルートでは、栃木県の小山駅で、東北本線と両毛線がクロスした、と思うんです。

そこだけちょっと惜しかったんだけど、あとはカンペキなルートがつくれたはず・・・。


まあ、鉄道に興味のないひとは「わけわからないこと言ってる」と思うでしょうね。

でも、そこはさすがレベル2。ぼくの「症状」は、かなり進行していたんです。


ただ、そこから先にはいかなかった。

クハだのクモハだの、という車両や、それこそ鉄道写真や、ミニチュア模型・・・。そこには踏み込まなかったんですね。

いま考えてみると、中3くらいから音楽に走った、というのが大きいかな。

結果、ぼくの「鉄オタ」、レベル2で打ち止めです。



でも、コラムで紹介した映像をじっくり見入って、

あの湘南電車で体感したものが、まざまざとよみがえってきました。

なんか、ゾクゾクしました。


記事では、CMネタらしくまとめようと「つくろい」ましたが、

ほんとうに書きたかったのは、こんなことでした・・・。



岡田直也
1955年東京生まれ、札幌育ち。
現在の本拠は大阪・南堀江。
東京・大阪・札幌各コピーライター
ズクラブ会員、エンジン01文化戦略
会議会員、甲南女子大学講師。
各地に私塾を開催、若手の育成にも
力を注ぐ。また年に一度のライブに
命を燃やすミュージシャンでもある。