Room708
名づけて「直也の部屋」。 編集長が、プロフェッショナルな立場から、広告を語り尽くします。

「競合」プレゼン・・・どうにかならない? 1

2016年04月19日
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いちどはふれようと思っていた「競合」。今回は、そんな話です。


ぼくが入社したころから、この「競合プレゼン」なるもの、

ずっと、制作者にとってのルーティンと化して久しいのですが、

ぼくに言わせれば、これがじつに、金と時間のムダ、としか思えないんですね。

業界きっての悪習、といってもいいんじゃないかな。


メリットだ、と思われていることも、いくつかあります。

たとえば、一党一派に偏らない公平性、機会均等、みたいなこととか、

いろんな角度から、ひろい視野でアイデアを集めることができる、などなど。

でもぼくは、その弊害のほうが、はるかに大きいんじゃないかと思うのです。


たとえば、競合プレゼンの結果として、代理店が替わる。

とうぜん、戦略とクリエイティブが変わる。タレントだって、変わってしまう。

「あれ、この人、前ほかに出てなかったっけ?」みたいなことは、もはや日常茶飯事です。

(ちょっと前、「ぐっさん」がキリンからアサヒへ鞍替えしました。かなりの違和感がありました)

そんなことしていては、受け手に「蓄積」がなされない。ブランドだって、育たない。

なにもいいことなんかない、と思うのですが。


それから、競合に参加する側の立場に立つと、とうぜん「勝ちたい」わけです。

そうするとどうしても、「当てにいく」ことになる。

広告主が望んでいるのはこういうことだろう、という発想を優先して、

先方にとっての「正解」と思われることを模索するようになる。

たとえ、それで勝利したとしても、面白いアウトプットは期待できないのです。


この「当てにいく」を各社がやり出すと、プレゼン提出物の完成度がエスカレートする。

現物と寸分たがわぬ精度のカンプ、CM映像。いまはなんだって出来てしまうからね。

ほんとに、サービス競争になってしまうんです。

本来ぼくらは、プレゼンに通った案を、実施に向けていかに磨くかが使命、のはずなのに、

プレゼンまでに、性も根も使いはたしてしまう。

そしてその提出物にはとうぜん、それ相応の額を投資しなければなりません。


人が疲弊し、サイフは痛む。

ほんとうに、よくないことだらけですよ・・・。


          (つづく)



岡田直也
1955年東京生まれ、札幌育ち。
現在の本拠は大阪・南堀江。
東京・大阪・札幌各コピーライター
ズクラブ会員、エンジン01文化戦略
会議会員、甲南女子大学講師。
各地に私塾を開催、若手の育成にも
力を注ぐ。また年に一度のライブに
命を燃やすミュージシャンでもある。