Room708
名づけて「直也の部屋」。 編集長が、プロフェッショナルな立場から、広告を語り尽くします。

就活秘話、バクロします!

2016年05月28日
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ではここで、今だからできる、岡田直也の就活・暴露バナシを!

もう時効でしょう。伏字なしで、いきます。

 

いわゆる「マスコミ業界」にしぼった、とは言いながら、

じつは、カネボウ化粧品(現クラシエ)を受けていたのでした。

 

ここは、なぜか美学科から毎年1~2名受かっている、ということがあって、

軽い気持ちで行ったら、はやばや内定が出ちゃったんです。

たしか101日だったと思いますが、

大阪・都島にあるカネボウ本社に内定者が集められ、のちに近くの居酒屋へと移動。

まあ、「拘束」というと語感がつよすぎてしまいますが、つまりは、そういうことですね。

とうぜん、アゴアシ・マクラすべてカネボウ持ちです。

はじめての大阪体験に、かなりドキドキしていた記憶がありますね。

 

その、飲み会の直前のことでした。

ぼくひとりだけ、個別に呼ばれたんです。

 

「こんど大阪本社に、“ファッション・コーディネイター”職をつくる。

そこで君に、その第一号になってくれないか?」

 

と打診を受けたんです。

ファッション・コーディネイターといえば、のちのバブル期に、

ちょっとだけスポットライトが当たった職業ですね。

あのハウスマヌカンと同じくらい? あ、若い人は、わかんないか・・・。

 

まあ、ぼくが美学科で、油絵描いて音楽やって、ということで、

白羽の矢が立ったんだろうけれど、

その場はとにかく、「家族と相談したい」とか言って、

がんばって保留にすることには成功しました。

だって、本命の試験と最終面接が、すぐあとに控えているんだものね。

 

ややあって博報堂からも、ラッキーなことに内定をもらうことができました。

で、たしかカネボウは、手紙を書いて、断ったと思うんです。

「母が病気がちで、東京を離れられない」みたいな、

見え透いたウソをつきつつ、一言一言ていねいに、綴りましたっけ。

こういうのは、やっぱり電話じゃムリ。

メール? 当時は影すらなかったけど、仮に存在していたとしても、

なし、でしょうね、やっぱり。

 

ということなんで、カネボウさんには、いまだに負い目を感じています。

博報堂に入って、仕事のチャンスはないかな、とうかがっていたけど、

資生堂の仕事はやったのに、カネボウには出会わずじまいでした・・・。

 

 

 

 

岡田直也
1955年東京生まれ、札幌育ち。
現在の本拠は大阪・南堀江。
東京・大阪・札幌各コピーライター
ズクラブ会員、エンジン01文化戦略
会議会員、甲南女子大学講師。
各地に私塾を開催、若手の育成にも
力を注ぐ。また年に一度のライブに
命を燃やすミュージシャンでもある。